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概要

分類公立
設立1895年
地域埼玉県の高校
所在地埼玉県さいたま市浦和区領家五丁目3番3号
形態男子校
偏差値74
進学力A
1学年360名
HPhttp://www.urawa-h.spec.ed.jp/
https://i.imgur.com/qRqzu6t.png

解説

 埼玉県さいたま市に位置する100年以上もの歴史を持つ公立校である。公立高校の中では日比谷高等学校に次ぐぐらいの進学実績を上げている。部活動や学校行事も盛んであり、塾に通わずに学校で自習する生徒が多い。
 埼玉県1位と言ってもいい進学実績であり、東大合格者は公立高校としても全国区である。1980年代以前は東大合格者が50名以上もいた。徐々に落ちていき、近年盛り返している。平成の東大合格者公立高校1位であると。毎年東大を100人以上が受験する。1950年代、さらには70年代半ばから80年代半ばにかけて東大合格者数トップ10の常連であった。以降はそこまでの爆発力はないものの、安定した実績を残していて、“埼玉一”の名門の座を維持している。6年間じっくり対策がとれる中高一貫校に対して、互角以上の成果を出し続けている。埼玉県で絶対王者としての位置を占めていたはずの浦高だが、実は一度、その座を明け渡している。16年のことだ。同じさいたま市にある私立中高一貫校の栄東に東大合格者数で抜かれたのである。栄東の27人に対し、浦高は22人。翌年すぐに巻き返し、32人と県内トップの座を奪還。18年22人、19年41人、20年33人と県内トップを守っている。21年は46人で全国15位だった。
 一橋大学に関して、全盛期は10年以上連続で1位だったり、常にトップ3には入っていた。東大に50人以上出しつつ、一橋も30人程度は合格していて毎年の名物みたいになっていて、サンデー毎日で「県立浦和、ついに首位陥落」みたいに書かれていた。もちろん東工大も似たような感じで、何年も連続で全国1位を取っていた。
 日比谷高等学校と比較されやすい。ただ、日比谷と比較すると現在はやや格落ち感はある。早慶附属高と比較した場合、日比谷>早慶であるが、本校の場合は必ずしもそうとは限らない。
 例年、浪人する生徒が多いのも浦高の特徴のひとつである。中高一貫校と比べて、現役合格率が低いのは致し方ない面はあるものの、3年制の進学校の中でも決して高いほうではない。日比谷高と比較すると、それがよくわかる。21年の東大合格者46人のうち、現役は25人。日比谷は63人中48人だ。国公立大医学部への合格者は15人。そのうち現役は4人しかいない。一方、日比谷は37人の合格者を出し、うち23人が現役だ。

進学実績

東大京大一橋東工大国公医
202146
202033715121279
2019411817925110
2018221417112185
2017331611142498
201622131792586
201527919161990
2014331317141491
2013461016924105
201240714112294
201130418181383
20102978121773
20093676141376
20083349161476
20073381426788
200616612181264
200527651856
200422682157
2003297202480
2002285132066
200116692253
200032?112770
19992910143386
1998247143883
199732112140104
1996248253289
19955072151129
19944952960143
199348103349140
19924793138125
19915882842136
199060113231134
198954162532127
198862353325155
198748282234132
19865662524111
198561102826125
19845483223117
198357102723117
19825453029118
19815174922129
198058124123134
19795962817110
197842103018100
1977457131681
197659102210101
1975551141181
1974605171698
1973364171774
1972506121684
1971582101787
197044771366
1969--12102244
1968495181789
196733451961
1966401101969
196552051774
196437341963
196344241060
196230972167
196140071057
196025041948
19592102932
19584007552
19572225938
19563404341
19552323936
  • 2007年が学区廃止一期生の卒業であり、飛躍的に伸びている。

参考文献:進路情報

高校生活

  • 3学期制・隔週土曜授業。50分授業で6時限まで。
  • 全国高等学校クイズ選手権の出場常連校であり、優勝回数3回は開成高等学校と並んで1位である。
  • 5月に新入生歓迎マラソンがある。1年生が最初にスタートし、上級生が後からスタートして追い抜く。雨でも行う。
  • 11月には「古河強歩大会(通称古河マラ)」がある。7時間以内に50キロを走破しなくてはいけない。
  • スポーツ推薦のない中で、ラグビー部は2019年花園への出場を決めた。
  • 通塾率はおよそ1割とのこと。公立高校では圧倒的に少ない。
  • 昭和40年代の浦高は教育放置で受験学力をつける学習指導ではなかった。数学だけは進度が早く、課題の問題集を解きまくり勉強はした。厳しかったのは数学だけ。他科目はお粗末だった。部活も一部は熱中したが、大多数は授業終了、即帰宅。文化祭も熱中する生徒は少なかった。学校が放置主義なので受験勉強は自助努力。けれど東大には現浪で50人から60人受かって、現役は30数人占めていた。他校生からは浦高はガリ勉学校と言われたが、教育放置なのにどこがガリ勉学校なのか。

尚文昌武

  • 浦高の校訓は「尚文昌武(しょうぶんしょうぶ)」。戦前の旧制中学時代から掲げられてきたもので、第2代校長・藤井宣正氏の造語。意味は文武両道と同じである。
  • かつてはサッカーの強豪校としても鳴らした。1952年、54年、55年と、全国高校サッカー選手権で3度の優勝を果たした。ラグビーも3度、全国大会に出場。2019年にはベスト16に進出している。
  • まさに尚文昌武を実践しているわけだが、それをさらに発展させた裏校訓ともいうべき言葉が浦高にはある。「少なくとも三兎を追え」というもの。勉強と部活、そして学校行事にも全力投球せよというのだ。「とにかく、浦高にはやたらと行事が多いんです。1年中、何かやっている。僕らがいた頃も今も、あまり変わらない」と40代OBは話す。
  • 新年度が始まって1カ月後の5月には新入生歓迎マラソン、サッカー大会、将棋大会と立て続けにイベントが開かれる。6月に体育祭。7月は百人一首大会、バレーボール大会、ソフトボール大会、卓球大会、臨海学校(1年生)。以降も毎月、ぎっしりと行事が組まれているのである。よほどのことがないかぎり、雨天でも決行する。
  • こうした学校行事の中で最大のイベントは毎年11月に開催される「強歩大会」。浦高から茨城県古河市まで、フルマラソンより10キロ長い50.2キロ走破するのである。強歩といっても、速めに歩いたくらいではゴールできない。7時間という制限時間が設けられているからだ。ジョギング程度の速さをずっと維持しなければならず、かなりハード。生徒たちは「古河マラ」(古河マラソンの略)と呼んでいる。この強歩大会が始まったのは1959年。以来、一度も休むことなく続けられ、昨年11月1日には第62回大会が開かれた。

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