概要

 2000年代中盤からの医学部過剰人気は10年ほど続き、2010年代中盤からやや下降気味である。以下にここ40年の推移を示す。

人気の推移

1980年代

  • 日本経済が絶好調であり、80年代後半はバブル景気と謳われた。
  • 金融や商社が人気であり給料も高い。医学部や公務員は不人気であり、模試の種類によっては医学部入試難易度が50を切る私立医学部もあった。
    • 今の歯学部のようなものであろうか。
  • 当時は都市部の難関大学を卒業すれば有名企業への就職が約束されていた時代であり、当大京大、早稲田慶應への人気は高かった。
  • 医学部はというと、家庭の事情で医院を継がなければいけない人や、「命にかかわる仕事がしたい」という使命を持った人が志望し、難関大受験者とのすみわけができていた。

1990年代

  • 1990年から大学入試センター試験が始まった。
  • バブルがはじけてその人気が徐々に出始める。
  • しかし、前半はまだ緩やか。後半になると、入試難易度も現在のものと近くなり、学士編入や再受験という概念がちらつき始める。

2000年代前半

  • 2000年3月卒業の有効求人倍率は0.99であり、空前の絶不況の中、医学部と公務員が非常に注目される。就職活動は大変厳しく、何百社もエントリーシートを出す羽目になる人もいた。
  • 就職から公務員へ切り替えたり医学部再受験をする人も多く現れた。学士編入が本格的に始まり、3年次編入が最も多く施行された時期であった。
  • 学士編入試験は何百倍が当たり前で熾烈を極めた。この頃の合格者は非常に優秀であろう。
  • 医学部人気は上昇一途であった。
  • 2004年、理科1科目から2科目への負担となった。
  • 2005年、1984年には8280人であった定員は、医師過剰の予測から7625人に減員され、上昇する人気と相まって、その難易度はさらに上昇した。
  • 法科大学院の設立により、弁護士資格が以前ほどの脅威を持たなくなった。相対的に医師免許の価値が上がった。

2000年代後半

  • 2006年、センター試験の時間割の関係から理科3科目の受験が可能であり、京都大学、大阪大学、京都府立医科大学、大阪府立大学、佐賀大学の5大学がセンター試験で理科3科目を課した。
  • 最終的に、理科3科目が必要な大学は、上記5大学に加えて、北海道大学、旭川医科大学、奈良県立医科大学、徳島大学、九州大学となった。
  • 上昇する人気に合わせて受験科目の負担も増えていく流れであった。
  • 2007年、順天堂大学医学部が学費の大幅値下げを敢行した。以降、他大学も大きく値下げをしていく。
  • 2008年、医学部の定員増が始まったが、この年は168人の増員のみであった。
  • 2009年から本格的な増員が始まった。
  • この頃、「東大よりも医学部」の傾向が定着した。「東京大学理科砧爐茲蠅眩瓦討旅駑医学部の方が難しい」とまで言われた。進学校の生徒はこぞって医学部を受けることとなった。学士編入、再受験といった言葉も市民権を得た。
  • 実は、就職に関しては団塊の世代の穴埋めで2007年から2009年頃まではそれほど悪くはない状況であった。
  • 有効求人倍率は1.60、1.89、2.14とガチ氷河期からすれば天国のような数字であった。2000年前半組からしたら、意中の企業に就職できる確率は大きく上がっていると思われた。
  • しかし、医学部人気に歯止めはかからなかった。
  • むしろ2000年代前半絶不況期よりもこの頃の方が人気は高かった。
  • 2008年に起きたリーマンショックの影響で2010年頃から日本の就職に影響が出始めた。2011年には1.28まで低下し、以降その近辺をうろうろする。
  • おそらく、氷河期まっただ中の時に職業としての医師が注目されたためであろう。元々はゆかりのある人しか医師を目指さなかかったため、その内容や待遇は知られなかった。しかし、よく調べてみると社会的地位はあるし時給一万円以上で仕事ができるしで、仕事内容以外の点でも魅力があるんじゃないかと注目され、景気が回復傾向でもその人気が維持されたのではないかと考える。

2010年代前半

  • 2014年、医学部定員における地域枠の人数は1452人であり、全体の16%にまで達した。
  • 医学部定員は、2015年までに1509人が増員された。
  • 学士編入試験では3年次編入試験が次々と中止された。入学者の質に問題があったのだろう。
  • 東京慈恵会医科大学は、1990年と比較すると、駿台全国模試偏差値は17上がっている。

2010年代後半

  • 就職は空前の売り手市場となった。
  • 大卒有効求人倍率は1.83であった。1990年は2.77である。
  • 定員増加、景気回復のために、医学部人気がピークアウトし、その入試難易度も下がった。
  • 総合商社や外資系金融機関などの医師を凌ぐ給与を得ることのできる職への就職難易度が下がり、IT技術者も高待遇が期待できるため、医学部以外の学部が盛り返してきている。
  • 2018年、東京医科大学の不正問題により上昇一途であった私立医学部の難易度は低下し始める。
    • この大学は以前から不正入試を行っており、公正な入試を行っていた他大学の信用までをも失墜させた罪は重い。
  • 東京慈恵会医科大学の駿台全国模試偏差値は、2015年には71であったが、2019年には67まで低下している。

まとめ

 1980年代は開業医子弟の御用達の場であった。医師という職業人気も金融や商社には及ばず、難易度もそれ相応であった。就職氷河期を経て資格職が注目され、最も独占力の強い医師免許が脚光を浴びるようになった。それまでは一部の者しか医師の待遇を知ることはなかったが、インターネットの発達により医師の待遇が知られるようになった。アルバイトは時給1万円以上であり、常勤は週4日で1500万円の求人が多くある。とすると、週5日で2000万円は安定して稼ぐことができる。「勤務医は稼げない」は開業医視点であり、一般的な企業への就職と比較した場合は十分な待遇であることが知られた。それにより、本格的な就職氷河期が終了しても医学部人気は加熱されたままであった。しかし、2018年以降の就職超売り手市場+現代的な高給IT企業(googlenなど)の出現により、医師以上の待遇をしてもらえる企業への就職が相対的に下がり、その分だけ医学部人気は低下することとなった。
 今後もわずかずつ低下していくと思われるが、年収2000万円を安定して稼げることと、今では厳しいながらに開業も選択肢として考えられる魅力は一定の支持を得続けると思われる。

各種マスコミ

時事メディカル

(1)深刻な医師不足、地域枠入試の拡大
(2)医師になって社会貢献したい人の増加
(3)名門高校の「東大・京大」離れと地元大学の医学部シフト
(4)女子の医学部志望者の増加
(5)1970年代にたくさん新設された医学部入学世代の子どもが受験期に
(6)私大医学部の学費減額と奨学金制度の充実
(7)テレビドラマの影響
(8)歯学部志望者の激減

参考文献:医学部人気、八つの秘密

参考文献

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