hibiya.jpg

概要

分類公立
設立1878年9月26日
所在地東京都千代田区永田町二丁目16番1号
形態共学校
偏差値75
定員320:一般255、推薦65
HPhttp://www.hibiya-h.metro.tokyo.jp/

解説

  • 1878年に文京区本郷にて開校した東京府第一中学に起源を有する。
  • 戦前からのエリート校である。
  • 日比谷高校の前身は1878年創立の東京府第一中学である。旧制第一高等学校(現在の東京大)への進学者が多く、官僚や学者を育てるエリートコース「一中、一高、東大(帝大)」の起点とみなされていた。実際、都内の成績優秀な生徒が集まってきた。
  • 旭丘(愛知一中)、神戸(神戸一中)と並び、「一中御三家」と言われた。
  • 戦後、六三三四制という新しい教育体制になり、一中は日比谷高校に生まれ変わったが、「日比谷に入れば東大は近い」というエリート校の役割は引き継がれていく。新制の東京大が誕生した49年から60年代後半まで、東京大合格者数でトップを続けていたのである。
    • このころ、日比谷高校に入るため、中学生は猛烈に受験勉強をしていた。56年から都立高校入試は9教科となった(国語、社会、数学、英語、理科、音楽、美術、保健体育、技術・家庭)。900点満点の試験で、日比谷に合格するためには830点以上必要と言われていた。平均92.2点であり、他の都立高校よりも高かった(当時の高校受験資料から)。なお、都立高校を受験するためには都内の中学を卒業しなければならない。そこで、他県から都内の区立中学に転校してくる教育熱心な家庭もあった。
  • 1950年に都立日比谷高等学校と現在の名称に改称し、男女共学となった。
  • 学校群制度が東京都で導入される以前、1950~60年代を通じて、都立日比谷高校は東京大学合格者数で全国トップの時代が続いた。
  • 67年の学校群制度導入により、日比谷はほかの2校と「学校群」を組み、単独での受験が不可能になる。日比谷に振りわけられなかった受験生は開成や武蔵、国立大学附属、早慶の附属・系列校に進んだ。
  • 70年代に入って日比谷の東京大合格者数は減少の一途をたどっていく。
    • 「この制度が、創立以来の本校の歴史と伝統に反するのみならず、受験生の志望を生かせないものであるとして、極力この実施に反対の意向を表明したのであるが、『中学校における入試準備教育の過熱』を緩和するという、都教育委員会の方針に、やむなく従わざるをえなかったものである」(「日比谷高校百年史」79年)
  • 2018年、10年前と比べて29人も現役合格者が増えた。現浪合わせた東大合格者も2008年の13人から48人に増えて、2018年の東大合格者数ランキングで9位に入った。公立高が東大合格者数トップ10に入るのは、1993年の県立千葉の9位以来、25年ぶり。日比谷のトップ10入りは、さらにさかのぼって70年に99人合格で5位に入って以来、48年ぶりだ。

入試結果

一般

受検倍率合格入学
20202131.61142135
2121.72133128
4251.67275263
20192581.94142131
2231.84128118
4811.89270249
20182371.8144137
2191.8129124
4561.8273261

進学実績

大学国公立医私立医東京京都東工大一橋東外大医科歯科お茶女千葉横国筑波北海道東北名古屋大阪九州
2020385040113183832215146112
20191718475423736191177711
20182394861025729191071241
2017181458594578493512

参考文献:進路状況

  • 2021年、同校からの東京大合格者は63人を数え、高校別ランキングで全国9位。約半世紀ぶりに60人を超えたのだ。1970年の99人(5位)以来ということになる。71年は57人で、それ以降は2016年の53人が最多だった。
  • 50年代、60年代の日比谷高校はこんなものではなかった。東京大合格者数ではぶっちぎりの1位を続けていた時期がある。
  • その絶頂が64年だった。なんと193人も合格者を出している(ランキング参照)。
  • 60年代前半、日比谷からの東京大合格者は60年141人、61年171人、62年186人、63年168人、64年193人、65年181人だった。

高校生活

  • 近年は生徒の受験に対する意識付けを強化している。
    • 校長「1年生の時から、学習・生活・進路について、励ましながら、意識を高く持たせるための働きかけをきちんと行っています。そのために、学年集会を年3~4回行い、成果と課題について全生徒に共通のメッセージを送り続けました。」
    • 新型コロナ禍で休校となったとき、早くから生徒とオンラインでつながることができたことです。昨年4月中旬から、生徒の端末や自宅のネットワーク環境の状況を調査するのと並行して、オンライン学習支援を立ち上げました。4月末に全員の確認が取れたので、ゴールデンウイーク明けから同時双方向のオンライン授業を始めることができました。
    • 最初はZoomの無料版だったので30分授業でしたが、6月からは有料版に切り替え40分になりました。普段の授業は45分間ですから少し短い。体育も芸術もカメラの前でやりました(笑)。
  • 国語・数学・英語は高2の終わりまでには一定レベルにもっていくという日比谷の伝統的な文化がある。ただ、それだけでは間に合わないので、高2の11月以降、理科・社会のうち最低1科目にも取り組んで仕上げている。そこで威力を発揮しているのがミドルリーダーによる教科主任会である。この時期にこの科目をやるという自学習の指針を生徒に文書で示した。これに基づいて理社に取り組んだ生徒たちが、高3の夏には中高一貫校の生徒に離されないくらいの学力を身に付けるという好循環が2~3年前から生まれてきている。

参考文献:https://diamond.jp/articles/-/265941

193人時代の方針

  • わたくしどもは、補習授業をしたり、超学年制をとったりすることが、高校としてまちがっているだけでなく、受験のためにも決してプラスにはならない、と信じています
  • まず、本校ではテストの回数を極力減らしている(中略)テストをたびたびすることは、自発的学習のじゃまになる
  • 一、二年生に対しては、入試関係の話は極力避けるのが方針
    参考文献:加川仁氏が『必勝大学受験法』
  • 「現代文は授業がたいせつだと思います。ぼくたちは、自分で一つの作品を選び、それを授業時間のとき、研究発表をするんです。生徒同士でやっているから、親しみもあって、先生がやるときよりも活発に質問が出る。そうしたことが力になりました」(「増進会旬報」64年8月1日発行)

コメント

コメントはありません。 コメント/日比谷高等学校?

お名前: