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東京都

  • 概要
    人口13,963,056人
    人口密度6,364人/km2
    面積2,193.96km2
    高校428:国立6、公立185、私立237
    学区なし:2003年以降
  • 人口

都立高校入試制度

  • 1993年度入試までは、自分が住んでいる学区内の都立高校しか、原則として受験できなかった。
  • 1994年度入試からは、20%の枠で隣接学区から受験することができるようになった。今でも「旧第○学区」などという言い方があるのは、この当時の名残だ。
  • この学区制度が問題であり、幾多の都立高校を凋落させた。
  • 2003年から学区がなくなり、自由に出願できるようになった。そうは言っても遠いと通学の制約が出るので、今でもある程度旧学区を参考として進学校事情を語ることもある。
  • 以下に旧学区の分類を示す。
    学区区、市
    千代田区、港区、品川区、大田区
    新宿区、渋谷区、目黒区、世田谷区
    中野区、杉並区、練馬区
    文京区、豊島区、板橋区、北区
    中央区、台東区、荒川区、足立区
    墨田区、江東区、葛飾区、江戸川区
    日野市・八王子市・町田市
    立川市・青梅市・昭島市・東大和市・武蔵村山市
    福生市・あきる野市・羽村市・瑞穂町
    日出町・奥多摩町・檜原村
    武蔵野市・小金井市・西東京市・東久留米市
    小平市・東村山市・国分寺市・清瀬市
    国立市・三鷹市・調布市・狛江市
    府中市・多摩市・稲城市

高校の序列と事情

進学重点校

  • 東京都が2001年に日比谷、戸山、西、八王子東の4校を「進学指導重点校」にしたことが始まりで、その後、青山、立川、国立を追加指定した。「学区撤廃」「進学重点校指定」といった施策前の2003年の都立高校全体の東大合格者数は80名だった。それが2021年は136名に増えている。このうち「進学指導重点校」指定前の7校からの合格者は61名だったものが倍以上の126名に増えている。2003年には7校以外からの東大合格者も19名いたのに、2021年は10名に減っている。つまり「進学指導重点校」7校は大きく伸びたのに対し、それ以外からは一段と「狭き門」になったことがわかる。
  • 2003年の7校の東大合格者数は次の通り。西25、八王子東13、国立9、日比谷5、戸山5、青山2、立川2。それが2021年は日比谷63、西20、国立19、戸山13、青山6、八王子東3、立川2と、日比谷が突出したと同時に中心部に比重が移っていることが読み取れる。これは「学区撤廃」した県でよく見られる現象で、自由に学校選択できるようになると都心志向になる。神奈川県の横浜翠嵐、埼玉県の浦和などもまさに同様な現象である。

多摩地区

  • 旧学区制のときには第7から第10まで4つの学区に分けられた多摩地区だが、学校群の時代には、大きなくくりの中でカップリングされていた。72群の立川(旧制2中)と国立(旧制19中)の伝統校コンビが最難関。次いで74群のいずれも中高一貫化した武蔵(旧制13高女)と戦後生まれの三鷹、75群の元は私立校だった府中と神代(旧制15高女)、73群のやはり中高一貫化した北多摩と急速に浮上している昭和といった組み合わせの順になる。23区ではトップ校は例外なく戦前からの伝統校だが、多摩地区では戦後生まれの八王子東(1976年創立)が進学指導重点校として伝統校の立川・国立と伍しているように、伝統校と新興校の実力が拮抗している。
  • 国立・立川・八王子東の多摩都立高御三家は、換算内申でいずれも60/65前後を目安としている。
  • 多摩地区には、武蔵の他にいずれも中等教育学校である3つの都立中高一貫校(三鷹、立川国際、南多摩)がある。23区と多摩地区の人口比が2:1であることを考えると、少し手厚く配置してある。
  • 2010年入試のデータを見ると、旧第10学区の三鷹は男子が750[38-58]、女子が760[41-57]で、武蔵野北とほぼ同様の二番手校の位置にいた。八王子市にある南多摩(旧制4高女)は男子780[40-60]、女子790[42-60]と、旧第7学区では八王子東に次ぐ二番手校だった。
  • 立川国際になった立川市の北多摩は10年前には男子740[38-57]、女子760[42-57]で小金井北や日野台と同じ水準である。2022年には附属小学校も併設予定で、大ブレークしている。都立としては、国際(目黒区)と港区に予定されている新国際(仮称)と並ぶ「国際」を冠した人気校で、グローバル10の指定も受けた。
  • 旧第7・第8学区で中高一貫校が抜けた穴を埋めるべく浮上してきたのが昭和だろう。新校舎ができたのは5年前だが、進学指導推進校でもないのに、この頃から進学実績が伸び、偏差値と人気も急上昇している。次いで、10年前には昭和と並んでいた南平も後を追って伸びている。
  • 旧第9・第10学区の穴埋め役は進学指導推進校の調布北(1974年創立)になりそうだ。このエリアには、現状は三番手校の位置にいるが、大学に入って何をやりたいのか、具体的な研究対象を考えているような理数系志望者の進学校として認知が高まっている多摩科学技術がある。定時制で60人を募集するだけとなった小金井工業の校地の多くを使って2010年に開校、スーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受け、進学指導推進校にもなっている。偏差値の上がり方を見ても、この学校はダークホースといえる。

都立高校の盛衰

 戦後まもなくから高度成長期にかけての東京都内の進学コースで有名なものに「番町小学校⇒麹町中学校⇒日比谷高校⇒東京大学」があった。当時の都立高校には有名大学へ大量の合格者を出す進学校が数多くあった。日比谷高校のほかにも新宿区にある戸山高校、立川市の立川高校などがそれだ。これらは日比谷高校と並び、戦前の旧制府立中学。いわゆるナンバースクールと呼ばれた学校だ。当時も私立の麻布高校や開成高校などの有名校は存在したものの、都立高校が優秀な生徒を集めていた。
 その後都立高校は、新しい入学者選抜方式として、1969年に学校群制度を導入。このとき同時に学区制を採用したことで、ほとんどの都立高校で学区外の学校の受験が認められなくなった。当時の東京都の小尾乕雄教育長が唱えたのは「富士山よりも八ヶ岳」。学校間の格差を減らし、いろいろな学区で複数の優秀な学校を作ろうとしたのである。しかし教育長の思惑とは別に結果として、日比谷や西といった都立のガリバー校は凋落。残念ながら都立高校はかなり低い八ヶ岳になってしまった。その一方で、都内それぞれのエリアとそのエリアの中心となる進学校の位置づけを明確にすることにつながっていった。下町の都立名門校であった上野高校や白鷗高校、両国高校、墨田川高校などの進学校も、台頭し始めた私立高校に優秀な生徒を奪われ、進学成績を落としていくことになる。
 その後、都立高校の入学者選抜方式はその後、幾度かにわたって改変され、現在では都内どこからでも「単独志願」で学校を選べるようになっている。1993年度入試までは、自分が住んでいる学区内の都立高校しか、原則として受験できなかった。1994年度入試からは、20%の枠で隣接学区から受験することができるようになった。今でも「旧第〇学区」などという言い方があるのは、この当時の名残だ。2003年以降は都立高校において学区の縛りがなくなった。隣接学区からの受験を認めた1994年度。この結果は散々だった。
この枠を利用した受験生は約5%。学区を超えて名門校に殺到する、ということにもならなかった。しかも受験倍率は1.14倍と過去最低水準。日比谷や戸山は受験者全員が合格。西も2名の不合格者しか出なかった。それもそのはず。前年1993年春の大学入試、日比谷高校からの東大合格はたった1名。なお東大合格2名の年もあり、1998年と1999年だった。1990年代、まともな大学に行きたければ、私立や国立高校に行く。これがこの時代、教育熱の高い家庭の標準的な考え方だった。その元凶ともいえるのが学校群制度とグループ合同選抜制度。これにより昭和後期の都立高校人気はガタ落ち。私立高校への受験生流出が一気に加速した。
 現在は各学校に特色を持たせるために進学指導重点校、進学指導特別推進校などの指定や小石川中等教育学校(旧都立小石川高校)のような中高一貫校も設置されるようになった。一時、東京大学合格者数が一桁台に落ち込んでいた日比谷高校の48名を筆頭に国立高校26名、西高校19名が続く。注目すべきは、進学成績を落としていた下町の名門校、白鷗高校が6名、都市部の学校で、こちらも一時期進学成績が低下していた青山高校が7名、小石川中等教育学校も12名の合格者を出している。一方、郊外人口の増加の流れに乗って進学成績を伸ばしていた立川高校は3名、八王子東高校に至っては進学指導重点校であるのにもかかわらず合格者が0名になっている。
 公立でも私立でも、今は都心部にある学校ほど、良い生徒が集まる傾向にある。そりゃ誰でも通いやすい高校がいいに決まっている。

旧制府立中学校

元号当時名現在名
明治1887東京府尋常中学校第一日比谷高等学校
1894東京府尋常城北中学校第四戸山高等学校
1900東京府第一中学校分校第三両国高等学校?
1901東京府第二中学校第二立川高等学校
大正1918第五小石川中等教育学校?
1921第六新宿高等学校?
第七墨田川高等学校?
1922第八小山台高等学校?
昭和1928第九北園高等学校?
1937第十都立西高等学校
1938第十一江北高等学校?
1939第十二千歳高等学校?
1940第十三豊多摩高等学校?
第十四石神井高等学校?
第十五青山高等学校
第十六江戸川高等学校?
第十七日本橋高等学校?葛飾野高等学校?
第十八西高に統合
第十九国立高等学校
1941第二十大泉高等学校?
第二十一武蔵丘高等学校?
1942第二十二城南高等学校?
1943第二十三大森高等学校?

実績比較

2019年

高校卒数東大京大一橋東工大国公医割合
小石川1561695874428.2
国立3221619251788526.3
日比谷32147419498325.8
西317-19151111136821.4
武蔵1918313663518.3
桜修館151725842617.2
戸山310127612165317.1
青山27610612343512.6
八王子東314724112268.2
両国19450424157.7
三鷹中等15841321116.9
立川31423672206.3
南多摩1461032396.1
立川国際1422121174.9
大泉1930062084.1
九段中等1462121064.1
新宿31841421123.7
白鴎2223031073.1
駒場3530224082.2
富士1843001042.1
竹早274010304-1.4

2015年

高校卒数東大京大一橋東工大国公医割合
西32722161418158525.9
日比谷315374149157925
国立3262011181166620.2
武蔵1974458103115.7
小石川157912251912.1
戸山31611314553812
八王子東31675692299.1
青山275625102259
立川32143992278.4
桜修館15131440127.9
九段中等1452122185.5
両国19142031105.2
立川国際1541041174.5
小山台2751044093.2
新宿3100106182.5
白鴎2371111041.6
武蔵野北2401003041.6
国分寺3121102151.6
駒場3201021151.5
町田2800101131

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